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出産レポート 蛇足
2007 / 10 / 20 ( Sat ) 15:38:09
出産直後、分娩室で助産師さんと話している時に、妊娠中に書いたバースプランと実際の出産がどうだったかを比較することがありました。
どうだったかって、バースプランどころじゃなかったというのが本音です。
助産師さんも、初産なのに予想以上に早すぎて、バースプランの紙を見る暇がなかったと言っていました。
とりあえず、分娩室についてから、ダンナサマが助産師さんに必要書類(バースプラン含む)を渡したけれど、それをチェックする前に、お産が始まっていたみたいでした。

どんなお産がしたいですか?という質問の欄に、私はこんな風に答えていました。
・ダンナサマに立ち会ってほしい気もするが、分娩の時は、立ち会ってほしいような、ほしくないような…(そのときの状況や、気分?)
・赤ちゃんの頭が出てきた時に触ってみたい(無理かも)
・自由な格好(体勢)をしたい

陣痛の時はどのように過ごしたいですか?という質問には、こんな風に答えていました。
・誰か(主人か実母か助産師さんかな)にずっといてほしい(一人でいたくないと思う)
・普段が布団の生活なので、ベッドより、布団の方が良いかも。(床に座ったりとかもしたい)

結果的に立ち会い出産になりました。
ダンナサマに分娩時に立ち会ってもらいました。
妊娠中、私とダンナサマは、立ち会い出産の為の、両親学級を受けていました。
その時は、バースプランに書いたように、「分娩の時はびみょ~」だけれど、「陣痛の時はいてほしい」と思っていたので、時間外でもダンナサマが陣痛室に入れるように、両親学級を受けていたのです。
その時の記事。

しかし、陣痛の時…
陣痛室、行かなかったね。
ベッドの部屋じゃなくて、畳の部屋がいいとか、言ってる場合じゃなかったね。

両親学級で、陣痛中のマッサージの方法などを習っていたのですが…
何にもやらなかったね。

立ち会い出産は「出産の見学ではない」ということだったのですが、スピーディに進みすぎて、結局、「見学どころか、ぼーっと見ていただけになってしまった」というのが、ダンナサマの感想でした。

「両親学級で習ったことは、今回、意味がなかったねー」
結構、笑い話。
本当に、両親学級は、時間外にダンナサマが病院にいられるためのパスポートになってしまいました。

出てくる赤ちゃんの頭を触るというのも、私は思い出したけれど、それどころじゃないというか、どうでもよくなっていたし。

自由な格好をしたいというのだけは、知らずに出来ていましたね。
全然、考えてなかったけど。

そんなこんなで、出産前に考えていたバースプランはあってなきがごとしでした。

でも、出産して、この出産は、やっぱりハッピーでした。
きっと、どんな出産でも、無事に生まれてきてさえくれれば、ハッピーなんじゃないかな。
そんな風に思いました。

というわけで、やたらと長くかかった出産レポートは、終わります。
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出産レポート8
2007 / 10 / 16 ( Tue ) 12:05:15
出産レポート7で書き忘れていたことをいくつか。

分娩室に着いて、助産師さんに、陣痛が10分間隔になったのはいつか、と聞かれました。
10分間隔とかは全然わからなくて、22時頃から痛みが増してきて、5分間隔とかで、耐えられない痛みになってきていた、という風に答えたと思います。

分娩台に乗ってから、点滴をしました。
陣痛から分娩が早く進んでいる場合、出血が多いことがあるので、出血を抑える薬が…入っているって言ってたんだったかな?後から入れるかもって言ってたんだったかな?

1時41分 後産まで終了。
赤ちゃんが出てくる時の方が、断然痛かったはずなのに、胎盤が出てくる時の方が痛いような気がしました。
きっと、一瞬、痛みがなくなって、ほっとする時間があったからだと、ぼんやり思っていたかも。

赤ちゃんの身長や体重など状態を記録するため、赤ちゃんが別室に連れて行かれます。
ダンナサマもそちらに行ってしまいました。

私は分娩室で1人さびしく(スタッフはいましたけど)、後の処置。

「切る」と言っていたのが聞こえていたので、会陰切開されたと思っていたのですが、実は、切る前に、赤ちゃんが出てきてしまっていたのだそうです。
結局、会陰切開は出来ずに、自然に切れてしまい、会陰裂傷ということになっていました。
Drに、傷を縫われている時、「痛い」と何回か言いました。

それとは別に、全身ががたがた震えてきました。
歯が合わさらずに、ガチガチ聞こえるほどです。
どうして震えが止まらないのかわからず、物凄く不安になりました。
処置中のDrに、「震えが止まらない」と訴えると、「出産後は、皆、震えるよ。出血もあるしね」との返答。
その答え方が、人をほっとさせるような、やさしい、頼りがいのある言い方で、私の不安はどこかに行ってしまいました。
やっぱり、Drは、こうやって安心させてくれる人がいいなぁ。

時間が経つうちに、出産の痛みにまぎれて、気付いていなかった地味な痛みが気になりだしました。
縫合のあとは勿論ですが、点滴の針が入っているところとか、多分、出産時の力の入れ具合が変だったのだろう、背中とか。

書類を作るためなどに、助産師さんと話をしました。
「まさか、今日生まれると思わなかった」
私は何回もそんな風に言っていました。
助産師さんに、「初産でこれだけ超スピード出産だから、2人目3人目は、もっと早いよ。次の時は、ちょっとでもお腹が張ったり、痛かったりしたら、すぐに病院に連絡して、前は3時間半で生まれちゃったことを言ってね。そうしないと、家で出産とか、車の中で出産とか、ありうるから」と言われました。「今回も、病院に来て10分ぐらいだから、車の中で生まれちゃってたとしてもおかしくなかったくらいだからね」
言われてみれば、その通り。
ダンナサマに言われたから、病院に電話したけれど、言われなかったら、していなかったですよ…
ちょっと、怖くなっちゃいました。
ちゃんと、病院で生まれてくれたから、良かったけど。


出産の状態を母子手帳から。

妊娠期間 妊娠39週3日
娩出日時 2007年9月5日午前1時35分
分娩の経過 頭位、会陰裂傷縫合、臍帯頚部巻絡1回、アプガールスコア10点
分娩所要時間 3時間41分
出血量 少量(110ml)
出産時の児の状態
性別・数 女:単
計測値 体重2692g 身長45.0cm 胸囲29.2cm 頭囲32.0cm

退院前に、母子手帳を返された時、「臍帯頚部巻絡1回」という文字を見て、私と同じだ~と思いました。
母に渡された、私の母子手帳にも、同じ文字が書かれていたのを覚えていたからです。
何回も巻かれてなくて、良かったね。ちゃんと生まれてこれて、良かったね。





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出産レポート7
2007 / 10 / 15 ( Mon ) 10:50:53
タクシーから、なかなか降りられなかったけれど、その時点で、私はすぐに赤ちゃんが生まれるなんて思っていませんでした。
タクシーの運転手さんが言っていた通り、まだまだこれから。これからが長いんだと思っていました。
多分、ダンナサマもそう思っていたことでしょう。

入院棟の入り口で、連絡を受けていた警備のおじさんが声をかけてきました。エレベータで3階の分娩室へ行くように言われたのだと思います。

私は、ダンナサマに寄りかかりながらも、自力で歩いていたつもりでした。
しかし、後からダンナサマが言うには、ダンナサマに全体重を預けて、フラフラしていたとのこと。
そんなはずないんだけどなぁ。

分娩室のある、3階でエレベータを降りて、ダンナサマが「分娩室はどっちだっけ?」などと、ふざけたことを言ってきました。
両親学級で行ったでしょ!何で覚えてないのよ!普段人のことを方向音痴とか何とか言いまくってるくせに~!
痛みで苦しんでいる私は、心の中で叫びつつ、「あっち!」と指差します。
怒鳴りたかったけれど、怒鳴れなかったのね。

ようやく、分娩室に到着。
分娩室の中に、陣痛室と分娩室があって、最初は陣痛室に通されるものとばかり思っていたのですが、私の様子を見た助産師さんに連れて行かれたのは、分娩室。
それでも、助産師さんも、まだ生まれるとは思っていなかったそうです。
助産師さんは、私に分娩着を渡して、着替えるように指示して、ダンナサマから必要な荷物や書類、母子手帳等を受け取っていたようです。
また陣痛があって、分娩台に寄りかかりながらも、床にしゃがみ込む私。
一瞬の隙を突いて、分娩着に着替えます。
その間、助産師さんとダンナサマは、多分、必要な書類を作るために、話していたんじゃないかしら。

しかし、我慢できないくらいの痛みが私を襲います。
分娩台に寄りかかっていることすら出来ず、床に突っ伏してしまいました。
それに気付いた助産師さんが、慌てて近寄ってきて、助産師さんに助けられながら、分娩台にのぼったのを覚えています。
仰向けにはなれず、横向きの状態。
この病院では、割と好きな体勢で分娩させてくれるので、横向きの状態のままでいさせてくれました。

「hutaaiさーん!ゆ~っくり息吐いてー」
助産師さんの声に、息を吐きます。
それまでも、ゆっくり息を吐いていたつもりだったけれど、知らない間にいきんでいたみたいでした。

「hutaaiさん、私のこと覚えてる? マザークラス、1回だけ私担当の時に来たでしょう」
私が目をつぶっていたからか、ちょっと安心させるためか、助産師さんが言いました。
ちょっと、目を開けて、助産師さんを見たのかな。
病院のマザークラスで、1回振り替えた時の助産師さんでした。
声を出せなかったので、うんうんと頷く私。

内診して(多分。その時そんな感触は感じるどころじゃなかったので、よくわかりません)、「あれ、もうすぐだねー」とか「破水するねー」とか言う声が聞こえます。
「hutaaiさ~ん、わかるー? hutaaiさん、立会いだっけ?」
助産師さんが確認してきます。
あれ?バースプランの紙に書いておいたのに。とちょっと思っていました。
実は、陣痛時はいてほしかったけど、分娩時はどうかなぁとはっきりとは決めていなかった私たち。結局どうするの?という意味かなあ。
一瞬迷ったけれど、次の瞬間、私は頷いていました。
両親学級受けたし!と頭の片隅に浮かんだかも。
結構、いろんなことを考えていたなぁ。

その時のダンナサマ。
助産師さんに、とりあえず、待合室へと言われて、待合室に荷物(私の入院セットなど)を持って行って、すぐ、(まだまだ時間がかかるんだよな。座ろうかな)と思ったら、また助産師さんに「破水させるから来てください」と呼ばれて分娩室に来たそうです。
荷物をどうすればよいかわからず、私のいる分娩室に持って行って、その辺にほっぽらかしたとか言っていました。

それから、ダンナサマは私の手を握っていたみたいなんですが、私はタオルを握り締めていて、さっぱりわかりませんでした。

「破水させるねー」
という声と共に、股間に生暖かい感触が。
その時、一瞬、ふっと圧力が減った感じがしました。
それが、風船が割れたみたいな感触なのかな?

あとは、助産師さんに言われるがまま、いきんだり、呼吸をしたり。
マザークラスで、呼吸法とかやりましたけど、助産師さんに言われないと、やっぱり、わかりませんでした。
したい呼吸やしたいいきみは、何だか、助産師さんに言われるタイミングとずれていた気がします。

いきむ時、持っていた(握り締めていたと言うか、抱きしめていたと言うか)タオルに顔を押し当てていました。横向きだから出来た技ですね。
また、息を止めているのが正解なのかもしれませんが、どうしても、「ムミューン」(私には、そんな風に聞こえたのです)と声が漏れてしまいました。

その後、横向きだったのを、仰向けにされました。
「切りますよー」
という声が聞こえたので、会陰切開をするときは、仰向けなんだと思ったのですが、実はそうではなくて、本当は、私がその方が楽そうだから最後まで横向きで…というつもりだったそうなのですが、横向きだと、出てくる赤ちゃんが苦しそうな感じになっていたから、仰向けにされたそうなのでした。

我慢できなくて、何度も「痛い!」と言ってしまったように思います。
ダンナサマは3回言っていたと言いましたが、声になったかならないかは別として、もっと言っていたと思います。

そういえば、バースプランに、出てくる途中の赤ちゃんの頭を触ってみたいとか書いたことを、分娩中に、ちらっと思い出したりもしたのですが、結局、声に出すことはありませんでした。
そんなことを言っている余裕はなかったです。
そんなことをする余裕もなかったですが。

赤ちゃんが出てくる時、それまでと違う感覚がありました。
何か、出てくるってわかるの。
それで、出てきた瞬間、ふっと今まであった、我慢できないくらいの痛みが消失。

目をつぶってしまっていたのですが、痛みがなくなって、目を開ける余裕ができました。
産声が聞こえて、思っていたよりか弱い感じで。

生まれたばかりの赤ちゃんが、分娩台の私の顔の横に寝かされます。

間近で見た、私の赤ちゃん。

「かわいい…」

私が口に出して言ったのはその言葉。

でも、実は、心の中で最初に思ったのは、
(エコーで見たのと同じで、鼻が大きい…)
でした。

9月5日午前1時35分 hutaai家のお姫様の誕生です。





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出産レポート6
2007 / 10 / 12 ( Fri ) 10:14:39
2度目の産院への電話で、助産師さんから、産院へ来るよう指示されます。
夜間なので、外来棟ではなく、入院病棟の分娩室へ直接来るように、とのこと。
マザークラスや両親学級で見学しているので、その場所はダンナサマも私も覚えています。

ダンナサマがいる時は、ダンナサマが徒歩5分の実家に車を取りに行って、車で病院まで行く予定でした。
しかし、その5分なり、10分なりも、ひとりにされたくない私。
結局、タクシー会社に電話して、タクシーを呼びました。
多分、10分も掛かっていないと思いますが、それから、タクシーが来るまでの長いこと!
ダンナサマに寄りかかり、しがみついて何とか、1階まで降りて、マンションの前でタクシーを待ちます。
立っているのが辛くて、歩道に座り込んでいました。
ようやく、タクシー到着。

家から、病院までは車で10分もかかりません。
タクシーの中で、運転手さんが、
「初めて?初めてなら、まだまだ、時間かかるよ。頑張ってね」
と、声をかけてくれました。
しかし、私はそれに答える余裕がなく、ダンナサマが何か答えていたようです。
病院に着いた時、ちょうど、痛みの山が来て、シートに突っ伏してしまい、動けませんでした。
それでも、タクシーの運転手さんは、急かすこともなく、
「大丈夫? 頑張って、頑張ってね」
と言ってくれました。
ようやく、降りる時も、
「じゃあ、これから長いけど、頑張ってね」
と言ってくれたことを覚えています。
答えられなかったけど、聞こえていました。ありがとう、運転手さん!
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出産レポート5
2007 / 10 / 06 ( Sat ) 10:45:30
日付が変わって、9月5日。
産院に電話をかけている最中にも、痛みはおこります。
最早、痛みのある時間を、はかってもいられなくなっています。
痛くなった時間だけを、メモしています。

9月5日。
00時04分 
00時08分
00時11分
00時15分
00時19分
00時22分
00時24分
00時27分
00時31分
00時37分
00時42分
00時47分 

これ以降、メモを取ることすら、出来なくなりました。

最後に時間をメモしてから、トイレに行きました。
排便あり。
しかし、痛みが起こり、トイレに座ってもいられなくなります。
倒れこむようにして、トイレを出ました。
生理痛がひどい時に、四つんばいになって、頭を下げてお尻をあげるような体勢を取ることがあるのですが、その時、それと同じ格好をしていました。
ダンナサマに促されて、再度、産院に電話します。
ダンナサマが私に「病院に電話しろ」と言った時、私は、「あと1時間経ってからって言われた。まだ1時間経ってない!」と言っていたのだそうですが。

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出産レポート4
2007 / 10 / 05 ( Fri ) 11:11:55
地味な生理痛程度の痛みがあったりなかったり。
お風呂を出てから、21時半ごろまでは、TVを見たり、出産レポートが載っている雑誌を見たりしていたが、何となく、そわそわして、集中できないので、もう寝てしまうことにする。
それほど痛くない痛みが、不定期にあり、雑誌に「本格的な陣痛でない場合、横になって寝ていると、おさまる場合がある」と書いてあったのを見たが故の行動と思われます。

しかし、そこからあやしくなっていきます。

22時過ぎ頃から、横になっていても痛くなってきて、その痛みが、ひどい時(滅多にないけれど、鎮痛剤をのむくらい)の生理痛くらい。
この頃から、念のため、と思って、メモを取り始めています。
そのメモから。

22時07分 横になっていても痛くなる。ひどい時の生理痛くらい。すぐひく。
22時12分 同上   
22時17分 トイレに行きたい感じ。前よりも痛いかも。20秒くらいでひく。
22時26分 トイレに行きたい感じ。前よりも痛いかも。30秒くらいでひく。
22時32分 同上
22時39分 同上、45秒。
22時46分 同上、40秒。
22時51分 同上、20秒。
22時56分 同上、45秒。
23時03分 同上、35秒。
       トイレに行く。ゆるい便が何回かに分けて出る。
       23時23分にトイレを出るまでに、2回痛くなる。
23時26分 35秒くらいでひく。
23時32分 30秒。
23時36分 40秒。座ってる。前より更に痛い。
23時46分 30秒。
23時51分 35秒。メモを取ったり出来ない。動きが止まる。
23時53分 30秒。同上。
23時56分 30秒。同上。
   産院にTel。あと1時間くらい様子を見る。

実は、産院に電話をかけたのは、ダンナサマに言われたからなのです。
言われなければ、まだ、電話していなかったと思います。
絶対、まだこれは、本当の陣痛じゃないと思い込んでいましたから。
後から考えれば、夜間で、ダンナサマが家にいてくれて、本当に良かったです。本当に。
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出産レポート3
2007 / 09 / 21 ( Fri ) 17:35:20
20時頃、夕飯を終え、特売でゲットした合挽きで、ミートボールを作る。この時点では、揚げた後、冷まして、冷凍するつもりでいる。
20時30分頃、母の長姉である、伯母からメールが来る。
その返事。
「とりあえず、元気です。
今日はお腹がよくはります。立ち上がったり、歩き始めたりした時に、生理痛くらいの痛みがあることもあります。
今日の午後は、妊婦検診に行ってきたのですが、その痛いのから陣痛になってくれるといいんだけどね…という話でした。
台風の日は避けてくれるとよいなあ。」
台風9号が発生し、関東地方直撃のおそれとかやっていたので、台風を気にしています。
ダイビング友達に、「台風の日に生まれたら、嵐ちゃんね」などと言われていたせいもあるかと思います。
台風直撃で、病院に行くのが大変になったら嫌だというのが一番だとは思いますが…
同じ頃、母からもメールが来る。
「大丈夫。さっきまでより痛くないし」
「嵐ちゃんは避けたいんだけどなあ」
などと、余裕の返事をしている。
20時50分頃、お風呂に入る。痛かったり痛くなかったり。しかし、すっごく痛いとは感じていない。湯船につかって、胎動を楽しむ余裕もある。

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出産レポート2
2007 / 09 / 20 ( Thu ) 10:41:31
病院近くのサブウェイで昼食。
ハム&チーズのトーストを、ポテトセットで、飲み物はアイスティ。
食後、本を読みながら、時間調整。
14時20分頃、病院に到着。受付をして、採尿、体重と血圧の測定を終えて、診察を待つ。
15時過ぎ、診察。
前回の診察から昨日まで、お腹のはりや、痛みがなかったこと、朝方から、痛くない生理痛のような不快感、軽い生理痛のような痛みが時折あることをDr.に言う。
エコーで、赤ちゃんは、少し小さめとのこと。内診では、子宮口は3cmくらい開いているとのことだった。
このまま、陣痛につながってくれればよいが…とDr.は言う。初産なので、まだかな…とも。
15時30分頃から、銀行→本屋で立ち読み→食料買出し(特売日なので)。
帰ろうと思ったら、雨が降り出していた。結構、大降り。傘を持っていなかったので、再び本屋へ。
16時50分頃、雨がほぼ止んでいたが、微妙なので、バスに乗る。軽い生理痛のような痛みが出てくる。
18時頃、生理痛のような痛みが断続的に続く。先程までより、痛みが強くなってきてはいるが、定期的ではない。立ち上がると痛かったり、歩くと痛かったり。座っていると、軽くお腹が張るくらい。
少々不安になって、母に「陣痛って、生理痛より痛いんだよね?」とメールで聞いてみる。
「痛いよ」と返信あり。
ひどい時の生理痛ほどは痛くなく、よくわからない。
「駄目そうなら病院に連絡しなさい」という結論に。そりゃそうだ。

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出産レポート1
2007 / 09 / 14 ( Fri ) 10:39:06
姫がおとなしく寝ている隙に、そして、私の記憶が途切れないうちに、ちょこちょこ、出産レポートを書いていこうと思います。
9月4日の記事と、5日の記事の間を埋める感覚です。

重複してしまいますが、9月4日の朝からの行動を、メモします。

5時頃、起床。軽い生理痛のような不快感が続く。
6時10分頃、右下腹部にちょっと痛い生理痛みたいな感じの痛み。1、2分続き、おさまる。
朝食の準備をしている間は何ともない。
朝食を食べ終わりかけた7時10分頃から。ちょっと痛い生理痛みたいな感じの痛みが、下腹部全体に続く。
7時50分頃、ブログ更新。

少し横になって休む。
9時30分頃、起きたら、痛みが消失していた。起き出して、朝食の食器を洗う。
10時45分頃、何ともないので、図書館へ。借りていた本を返却し、新たに本を5冊ほど借りる。
12時15分頃、帰宅。痛くない生理痛のような不快感。
昼食を作るのがだるいので、検診に行く前にどこかに寄って食べればいいやと開き直り、借りた本を読み始める。
蚊トンボ白鬚の冒険 蚊トンボ白鬚の冒険
藤原 伊織 (2002/04)
講談社

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ちょっと面白くて、止まらなくなる。
気付けば、13時を過ぎている。検診が14時30分~の予約なので、慌てて仕度をして、家を出る。
待ち時間に読もうと、当然、この本も持っていく。
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超スピード出産
2007 / 09 / 05 ( Wed ) 13:07:17
本日、9月5日午前1時35分に、無事、女の子を出産しました。

陣痛らしい陣痛を感じ始めてから、およそ3時間半という、初産なのに、超スピード出産。

タクシーで病院に着いて、陣痛室に入りもせず、分娩室に直行して、10分で生まれました。

その10分が長かったですけど…

また落ち着いたら、ちゃんと報告しようと思います。
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